夜泣き|かんむしに宇津救命丸400年以上の歴史を持つ医療品メーカー

略史年表

1597年(慶長2年) 下野国の国主、宇都宮家の滅亡により同家家臣宇津権右衛門は、野州塩谷郡高根沢西根郷
に帰農す(初代権右衛門)
豊臣秀吉 没(1598年 )
1600年(慶長5年)   関ヶ原の戦い
1603年(慶長8年)   徳川家康  江戸に幕府を開く
1638年(寛永15年) 重道  二代権右衛門を継ぐ 島原の乱(1637年)
1659年(万治2年) 重直  三代権右衛門を継ぐ
同年  宇津家敷地内に薬師堂建立す
 
1688年(元禄元年) 重直  苗字帯刀御免となり名主となる  
1707年(宝永4年) 宇津家の菩提寺淨蓮寺焼失のため、多数の古文書を失う  
1709年(宝永6年) 重上  15歳にして江戸に医術を学ぶ  
1717年(享保2年) 重上  五代権右衛門を継ぐ(逸翁) 享保の改革(1716年)
1747年(延享4年) 御領主一橋公に金匱救命丸献上  
1779年(安永8年) 重真  六代権右衛門を継ぐ アメリカ独立戦争(1775年)
1781年(天明元年) 宇津家薬師堂再建なる  
1784年(天明4年) 重真  苗字帯刀御免となり名、塩谷、芳賀両郡の取立役となる
同年重之  子孫の為に「製薬信條」を記す
寛政の改革(1787年)
1796年(寛政8年) 重之  五代重上の偉業を後世に遺すため「逸翁略伝」を記す
宇津家では逸翁を中興の祖と称している
 
1821年(文政4年) 重周  九代権右衛門を継ぐ 伊能忠敬の『大日本沿海輿地全図』が完成(1821年)
1832年(天保3年) 江戸をはじめ地方の宿場  227戸に金匱救命丸を年始として配る
同年  重業  十代権右衛門を継ぐ
 
1835年(天保6年) 重業  宇都宮二荒山神社神楽殿再建の世話役五人衆となり奉納す  
1836年(天保7年) 江戸の問屋筋に金匱救命丸を配る
同年  御領主一橋公に金匱救命丸を献上す
塩谷郡須両郡凶作のため救済金を贈る
 
1840年(天保11年) 再建された淨蓮寺に宝篋印塔を奉納す 天保の改革(1841年)
アヘン戦争(1840年)
1852年(嘉永5年) 宇津家の菩提寺淨蓮寺再度焼失 ペリーが浦賀に来航(1853年)
1854年(安政元年) 重善  十一代権右衛門を継ぐ 日米修好通商条約を締結(1858年)
安政の大獄が起こる(1858年)
1868年(明治元年) 重剛  十二代権右衛門を継ぐ 江戸幕府が倒れ、江戸が東京に改められる(1868年)
桜田門外の変(1860年)
明治と改元 江戸を東京と改称(1868年)
1873年(明治6年) 重剛が若くて死去し重善再び十三代権右衛門を継ぐ 廃藩置県(1871年)
1876年(明治9年) 「金匱救命丸」の売薬免許を受ける
同年「私立宇津学校」開校
西南戦争(1877年)
1885年(明治18年) 「小児薬王金匱救命丸」の免許を受ける  
1886年(明治19年) 重華  十四代権右衛門を継ぐ 大日本帝国憲法が発布(1889年)
1892年(明治25年) 宇津家敷地内に書院落成  
1893年(明治26年) 廉造  十五代権右衛門を継ぐ 日清戦争(1894年)
1909年(明治42年) 金匱救命丸を「小児薬王宇津救命丸」に変更す 日露戦争(1904年)
1911年(明治44年) 「宇津救命」「二人子供」の商標を登録す 第一次世界大戦(1914年)
1928年(昭和3年) 薫  十六代権右衛門を継ぐ 関東大震災(1923年)
1943年(昭和18年) 金使用禁止令により、以後金粒を銀粒にする 太平洋戦争(1940年)
1961年(昭和36年) 宇津救命丸TVCM開始 ベルリンの壁が作られる